ようこそ、ブログ「徒然なるままに」へ! 毎日いろいろなことが起こりますね。新聞やネットの記事から、気になるトピックをクリップして、感想や批評を書いていこうと思います。たまには書評があるかも。カテゴリーをチェックしてお楽しみください。

カテゴリ「日記」の一覧逆順[5件]

▶上手くいきません(:_;)

《カテゴリ:日記

別のところでCGIを設置したのですが、エラーばかりでなかなか上手くいきません。どうしたらいいものか?以下、エラーメッセージ↓

Software error:
Can't locate CGI/Simple.pm in @INC (@INC contains: ./lib /usr/local/lib64/perl5 /usr/local/share/perl5 /usr/lib64/perl5/vendor_perl /usr/share/perl5/vendor_perl /usr/lib64/perl5 /usr/share/perl5 .) at index.cgi line 14.
BEGIN failed--compilation aborted at index.cgi line 14.
For help, please send mail to the webmaster (fjc***@yahoo.co.jp), giving this error message and the time and date of the error.

No.3 : Posted at 2018年07月11日 21時54分02秒 - Parmalink - (Edit)

▶弱者いじめの医療制度

《カテゴリ:日記

昨日、後期高齢者保険料の通知が送られてきました。開けてみてびっくり!1回の支給額35万円(2か月分)ほどの中から15,000円ずつ天引きするのだと。

ちょっと待ってよ。介護保険料も天引きされてるんだよ。おまけに私は要介護4で、自己負担が毎月20,000円以上必要。残りで家賃も払わないといけないから、生活はとても厳しい。

在職中は、高い税金を納めていたのだから、それを高齢者福祉に回せないのだろうか。これじゃ、弱者は飯を食うなというに等しい。もう少し、社会福祉制度をじっくり見直してほしいね。そうすると、またいろいろな自己負担額が増えるかもしれないが……。

No.5 : Posted at 2018年07月15日 22時10分11秒 - Parmalink - (Edit)

▶暑い!

《カテゴリ:日記

気温30℃を超える日が続いています。家の中は蒸し風呂状態。エアコンを入れても、大して変わりません(家のエアコンが古いのか)。今日も熱帯夜。ぐっすり眠れるのだろうか?

No.6 : Posted at 2018年07月16日 21時01分09秒 - Parmalink - (Edit)

▶立秋

《カテゴリ:日記

今日は立秋。古今和歌集に収められた有名な歌がありますね。

秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる(藤原敏行朝臣 古今集・秋歌上169)
<私訳>
秋が来たと目にははっきり見えないけれども、吹いてくる風が草木を鳴らす音に、「あ、秋が来たんだな」とハッと気づかされることだ。

No.12 : Posted at 2018年08月07日 19時55分39秒 - Parmalink - (Edit)

▶原爆忌

《カテゴリ:日記

「原爆忌祈りのさなか赤子泣く」
ずいぶん前、こんな俳句が入試に出たことがあります。誰の作品かは忘れてしまいました(;_;) けれど、大変印象深いものだったことはたしかです。

広島でも長崎でも、原爆が投下された日を記念してさまざまな集会が催されます。今年の長崎での集会には、国連事務総長が史上初めて参加しました。その様子を見ていると、この作品の背景は長崎なのかなという気がします。

祈りの長崎と言われるように、長崎原爆の日は平和の祈りで満ちているそうです。カトリック教会では平和のミサがあげられ、プロテスタントの教会でも平和を祈る礼拝が捧げられます。

長崎平和公園に行くと、指を天に向けた大きな人物像(?)が目に留まります。わたしは、なぜかこの像が好きではありません。平和を祈る姿を現しているそうですが、その姿に何か猛々しいものを感じるのはわたしだけでしょうか。それよりも、廃墟と化した教会堂から掘り出された「被爆のマリア」像のほうがはるかに印象的でした。

「被爆のマリア」が安置されている浦上天主堂。その真上で人類史上2発目の原子爆弾が炸裂したのです。一瞬にして何万人もの人々が息絶え、さらに何万人もの人々が怪我をしました。数千度といわれる熱線に皮膚を焼かれ、ぼろぎれのように皮膚を垂らせながら水を求めてさまよう人々の群れ。長崎大学医学部の医師でクリスチャンの永井隆博士は、その時の様子を克明に記録しています。

生き残った人々も決して無事ではありませんでした。強い放射能がその体を蝕み、無数の人々が急性原爆症で亡くなったそうです。1週間も経たないうちに髪の毛は抜け落ち、鼻や口から血を流して死んでいく。どうすることも出来ず、彼らを見送るしかなかった人たちの無念さは、今のわたしたちには想像することすら出来ないでしょう。

原爆症の急性期を乗り越えて生き残った人々の一人に、わたしの義母がいました。彼女は、わたしが結婚する数年前、癌で天に召されました。彼女と共に被爆した親戚は皆、癌で亡くなりました。原爆の強烈な放射能が、彼らの遺伝子を変化させ、癌を発病したのではないか。わたしにはそう思えてなりません。

その突然変異した遺伝子は、子孫に伝わり、彼らの体内で癌を発症させる。わたしの妻は、義母よりさらに10歳若い47歳で天に召されました。最後は卵巣癌 でした。その遺伝子はわたしの娘にも引き継がれています。

何世代にも渡って苦しみを強いる原爆。原爆の廃棄と恒久の平和を願って、わたしたちは祈るのです。静かに祈りを捧げるひと時、原爆投下の時刻を告げる鐘の音が響くと、人々の祈りは最高潮に達します。声にならない声、静かな祈り。その静寂を破って響く赤ちゃんの泣き声。でも、誰も振り向こうとはしない。その元気な泣き声が、原爆のない未来を象徴していることを皆知っているから。泣き声と祈りの声が渾然一体となってわたしたちの耳に届いて来ます。

No.13 : Posted at 2018年08月09日 19時41分09秒 - Parmalink - (Edit)